お見舞いに行きその日の夕方祖母危篤。
急いでタクシーで病院に向かいました。しばらく病院で待った後、
亡くなった報告を受けました。
僕らは最後祖母が息を引き取る時は
立ち会い出来ませんでした。
その後自宅へ戻り、祖母も病院から冷たくなった姿で帰宅。お化粧を
して白衣装に着替えられ、
翌日通夜 そして葬式。
優しかった祖母にはもう会えないと
思うとずっと涙がとまりませんでした。
祖母は火葬された後、骨がほとんど残っていませんでした。がんで体全身が蝕まれてたからみたいです。
最後の最後まで自分が辛いのに、
人の為、人の為に頑張った祖母。
祖母はずっと苦労し続けて亡くなりましたが、愚痴ひとつ言わず本当に
すごい人でした。
多分今思うと、弟の虫の知らせは祖母が自分の死期を悟っていて、僕らに最後話をする為に弟にその思いを飛ばしていたのかもしれません。
今でも祖母の事を考えるともっと
ばあちゃん孝行すれば良かったと
悔やんでも悔やみきれない気持ちになります。
天国で幸せに生活している事を祈るばかりです。
そして祖母という支えが無くなり
私達兄弟はこの後、苦境に立たされます。
親戚のおじさんから、
言われた一言「私、君はもう高校行けないかもしれないが、勉強しっかり頑張りなさい。」
ああ、僕らは多分施設に入れられるんだとこの時 思いました。
母は精神病でまともに働けない、
親父も離婚して別で暮らしているし、僕らを面倒見る余裕はない。
当然親戚が僕らを引き取る訳ないから、しょうがないかとこの時は覚悟を決めていました。
ではまた続きは明日書きます。